sequal

 

補足として登場人物の読み方書いておきます。

ルビの打てるのかもしれないけど、分からないのでここでm(__)m

 

大園 貴斗…おおその たかと

八谷 大矢…はつたに ひろや

 

安曇 司…あずみ つかさ

 

*

 

 

 暖かい五月中旬の昼下がり。
 注文したブラックのアイスコーヒーは、僕には濁っているように見える。まるで少し前の自分の心を写しているような。
 ガムシロップが溶けるようにかき混ぜるが、色は当然変わらない。ぼんやりと眺めながら、かき混ぜ続けていた。
「おーい。貴斗、聞いてんのか?」
「あ、ごめん。何の話してたっけ」
 顔を上げると、向かいに座る八谷大矢のしかめっ面が目に飛び込んできた。
「だからさ!ファミレスなんだし、可愛い子とかいるんじゃねえの?彼女にかっこいいとこ見せなきゃって思ったら自然とデキる男になるって」
 こいつは全く…。仕事が上手くいかないと言っているのに、今更誰が僕に惹かれるというのだ。最近はまだマシになってきたが、一度ついた印象はそう変わるものでは無い。
 彼は僕の幼馴染で、昔から人の話を半分程しか聞かない。無意識なのか、わざとなのか。
「いや…」
「何だよ。……はっ、まさか既に彼女出来た!?」
「そんな訳無いよ」
 久しぶりに会うというのに、相変わらずの暑苦しさ。一方的な弾丸トークが続く。気心の知れた数少ない友人だが、言葉を発する気も起こさせない程喋り出したら止まらないのが難点だ。
 従業員がだめなら客に好みの子を見つけたら手が滑ったフリをしてお冷をぶっかけて。そこから始まるラブストーリーを延々と語り出した。鬱陶しさが度を超えてきた気がする。
 話はどんどんエスカレートし、声のボリュームも大きく、ちょうど運ばれてきたサンドイッチを大矢の口へ押し込む。この店の中に僕の職場の従業員がいればたまったもんじゃない。これ以上そんな風に騒がれるくらいなら、彼女の話をする方がマシだ。
「…好きな子はいるんだよ」
「え…!?」
 彼は勢い良く立ち上がり、テーブルを揺らした。
「どんな子!?いつどこで知り合ったんだよ!」
 それは、店内にいる全員の視線を集める。僕は思わず大矢の頭を叩いた。辱めを受ける事にはなったが、そのひと声だけで済んだのが幸いだったと思うべきか。
 皿に置かれたサンドイッチを再び彼の口へと突っ込み、立ち上がると伝票をすっと取った。
 会計を済ませて店を出るとすぐ、なんとか興奮を抑えた大矢が口を開く。
「思わず取り乱しちゃったけど、貴斗も年頃の男の子だし、そりゃあ好きな子の一人や二人くらいいるよな。安心安心」
「お前は俺の親か」
 僕の軽いツッコミは、まぁいいじゃんと流された。
「で!さっきの続き!詳しく聞かせろよ」
 彼女と、僕の話を?
 僕は大矢の目を見ずに、悪いと呟いた。
「…コーヒー飲んだらちょっと気持ち悪くなったから、今日は帰るわ」
 もともと今日は彼の家で、呑みながら近況報告でもしようという話だった。だが、落ち合うなり腹が空いたと言ってきたので、適当にカフェに入ったのだった。
 少し無理があるかと思ったが、大丈夫か?と大矢の真剣に心配する様子に驚きつつも安堵する。
「また今度話聞いてくれよ」
 適当に紡いだ言葉であり、次会う時に話す、という気は無かった。じゃあなと言い合い、僕は駅へと歩き出す。
 好きな子はいるから放っておいて欲しいという意味で言ったのに、全くの逆効果になり、少し肩が落ちる。
 彼女と出会ったのは半年前。それは言えても、どんな子か、どこで出会ったのか、とても他人に言えるようなものでは無かった。

              *

 曲が流れるイヤホンの向こうから、停車を伝える車掌のアナウンスが聞こえてきた。重たい体を持ち上げると、そそくさと車両を降りる。
 疲労は底なしに溜まっていて、翌日が休みなのが唯一の救いだ。疲労といっても精神的なものが大きく、その原因は自分の不出来さにある。一つ、二つ、三つ…といつしか当然のようになり、一週間に一回は絶対に失敗してしまう僕は従業員全員にとって疫病神のような存在になっていた。
 卒業したら働いて、一人暮らしを始めたい。
 進学せずに就職する道を選んだのは、過保護な愛から逃れるためだった。挑戦する事がどんなに上手くいかなくとも褒めてくる、癪にさわる態度。大学に進学すると多大な金額がかかる、親の世話になるのは御免だ。
 僕は、精一杯の嘘で、一人暮らしを始められるだけの資金を貰う事にした。
 ああ言った高三の春、まさか自分がここまで無能な人間だとは思ってもみなかった。僕は思った。ぬるま湯のような環境は何も出来ない駄目な人間に僕を仕立て上げたのだと。
 聞こえないフリをしても耳に入ってくる陰口に、全部捨てたいと何度も考えた。だが、仕事を辞めた後の事を考えると、耐えるしか無かった。必死にもがけばもがくほど、沼にはまっていくように失敗は重なっていく。
 一年が経とうとしているが、ここまでよく耐えたものだ。今では心を持たない機械人間だ。スイッチが入ったように、接客をすると口角を上げて終始笑顔を絶やさない。それ以外は、表情を作る事無く、まるで抜け殻のように行動する。その自分の様子を悲しいと感じる事は無かった。仕事が出来て安定した生活を送れる、それが全てだ。
 家に着くと、真っ暗な廊下を突き抜けて寝室に入り、鞄を壁に投げつけた。それは音も無くベッドに落ちていく。床に寝そべって真っ白な天井をぼおーっと眺め、何の気なしに部屋一面を見回す。そして、本棚に目が止まった。小説や啓発本が並ぶ中、ある本が少し変わった色を放つ。
 それは九年前、小学五年生の頃に集め出した、全十三巻ある漫画だった。一人暮らしを始める時に、これだけは側に置いておきたいと思った唯一の作品だ。いつもは読もうと思わないのに、どうしようもなく読みたいという衝動に駆られた。
 鞄を床におろし、一巻を持ってベッドに腰を掛けた。一度読み始めると手が止まらず、ついに最終巻まで読み終えた。
「もう四時か」
 仰け反り、そのままベッドに身を沈めた。読み終えた爽快感では無く、どこか後味の悪い、やりきれない思いに満たされて、自然と溜め息が出る。
 この漫画には、僕自身愛してやまない安曇司という女の子が登場する。容姿端麗で武術に長け、非の打ち所が無い彼女が唯一手に入れられなかったのが、幼馴染である主人公の八乙女爽真の心だった。その爽真の恋人、本作のヒロインにあたる雀宮衣鞠の剣となり盾となり、司は死んでしまうのだ。
 大好きな彼の笑顔を守る為にと尽くしたのに、報われない彼女が、不憫で仕方無かった。今読めば昔よりは納得出来ると思っていたのだが。
 僕は立ち上がると、居間へ向かった。絵を描くためのものを一式、リビングテーブルの上に用意する。
 無性に描きたくなって、綺麗に線を取りながら、僕の脳裏にはある光景が浮かんだ。
 小学生の割には上出来な髪の長い女の子の絵と、大嫌いな僕を愛している母親の笑顔。
「お母さん!見て、これ。学校で描いてたんだ」
「すっごく上手」
「何も見ずに描いたんだよ!」
「貴斗は絵を描くのが得意なのね。流石、お母さんの自慢の息子だわ」
 初めて〝好きなキャラクター〟を描いてみた日、あまりに上手く描けた事が嬉しくて、家に帰ってそれを見せたのだ。仕草や喋り方が絵に描いた様な、嘘くさい母親だと思っていた。毛嫌いしていた彼女を、初めて好きだと思えた日だった。やる事なす事全てを褒められ、母親の全てを信じられなくなっていた中の出来事で、あの日から僕は、絵を描くのが好きになったのだ。
 下書きをペンでなぞって、消しゴムでシャープペンシルの線を消して、色付けて完成させた絵は、見事に安曇司だった。
「馬鹿かよ」
 綺麗だ…と言葉を失いかけた自分にそう告げた。模写と言うには少し違うが、誰が見ても安曇司だと分かるものになっている。描くのに熱中しすぎていたせいか、どこをどう描いたか全く覚えていないのがとでも不思議だった。
 予想以上の出来に、携帯電話のカメラを起動させてシャッターを押す。
 この作品に出会って十年が経とうとしているのに、変わらず惹かれているだなんて、僕は彼女に恋をしているのだろうか。今まで色々な作品を観てきたつもりだが、こんなに愛おしいと思ったキャラクターはいなかった。
 現実にいてさえくれたら、僕が君を幸せに出来たのに、と。
 どんどん目も疲れてきた様で、床に座り込んでソファに体を預けると、僕は一瞬にして眠りに落ちた。

 

 

 

 

 

*

 

今詰んでる課題の物語にございます。

見苦しいものを晒してしまい、申し訳ない限りです。

 

主人公がやばめな感じは多めに見て頂きたいです…。

 

読んでくれた方は、

物語も始まってはいないですが感想や、

短いのでしやすいと思われる添削など、

コメントやTwitterなどで言って下さるとありがたいです。

 

では、失礼いたしますm(__)m